八百比丘尼物語

「その昔、若狭小浜に人魚の身を食べてしまったことから、16才のままで800年も生きた女、八百比丘尼がいた……。」 昔、若狭の海辺の、あるところに高橋ごん太夫という金持ちがいました。
その知り合いの漁師のひとりが、
「今晩、わたしの家に来て下さい。召し上がっていただきたい物がございます。」
と、ある日の夕ぐれ 舟で迎えにきたので、ごん太夫はその舟に乗ってでかけました。
ごん太夫が、この家の料理場をのぞくと、家のものが今までに見たことのない魚を料理していました。
やがて、ごちそうが出てきました。
「これは、若狭の海で網にかかった人魚の肉です。是非、あなた様にと料理してみましたので召し上がって下さい。」
ごん太夫は、気味悪くて、人魚の肉には手をつけず、他のご馳走を食べて帰ることにしました。
すると、主人は土産にその肉を全部御重につめ、風呂敷に包んで持たせてくれました。
ごん太夫は家に帰ると、その土産をこっそり戸棚の上に置きました。
ところが、この家のむすめが、その土産物を見つけて、ひと口食べたのでした。
「美味しい。もうひと口、あー美味しい。もう少しだけ・・・」
と、ひと口食べ、ふた口食べしているうちに、みな食べてしまいました。
しばらくして、風呂敷包みのないことに気づいたごん太夫が、
「ここにあった包みはどうした?」
と、あわて慌てて聞きますと、
「お父様、わたしです。ごめんなさい。ひと口のつもりが、おいしくて全部食べてしまいました。」
と、娘が言いました。
ごん太夫は、その時この娘に何か悪いことが起こりはしないかと、心配でたまりませんでした。

 それから、このむすめはふしぎ不思議に何年たっても歳をとらず、まわりの者が老いていっても16才のままの美しい姿でした。
「歳を取らないのはきっと、人魚を食べたからだ。」
と言う噂が広がりました。
そしてとうとう、親、兄弟、友達が亡くなってしまいました。
そこで娘は寂しさを乗り越えて、
「私は尼となり、この若狭から出て人の喜ぶことをしよう。」
と、決心しました。
そして日本国中を巡り歩き、行く先々で橋を掛けたり、水路を築いたり、大好きな椿の木を植えたりしました。
長い旅の間、若狭の美しい景色や、人々の優しさは忘れたことがありませんでした。
そしてやっと懐かしい生まれ故郷の若狭へ帰って来ました。
尼が八百歳になった時、海の近くの寺のそばにある洞穴に入りました。
洞穴の入り口に椿の木を一本植え、
「椿の木が枯れたら、私が死んだと思って下さい。」
と、言い残しました。 それからこの尼を玉椿の姫と呼ぶようになり、この場所に長生きの神様として八百比丘尼が祭られました。
その椿の木が今でも枯れないのは、玉椿の姫が若狭小浜に姿を変え生きているのか・・・。
全国各地に伝説を残し、ふるさとに帰った玉椿の姫こそ、この若狭小浜の守り神ではないだろうか・・・。
若狭の海でとれた魚は美味で、人魚伝説が今日の御美食国若狭小浜とつながりはしないか・・・。
何れにしろ、私たちの故郷若狭小浜は八百歳まで生きた玉椿の姫、八百比丘尼の伝説の地であることを誇りに思います。
そして、この歴史と文化の若狭小浜におとず訪れたすべての人々にいつまでも若くお老いない不老長寿の八百比丘尼のご利益を得ていただきたいものです。