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宮川地区の集落紹介

加茂区

 加茂区は宮川地区の南東部に位置し、東部は若狭町玉置に接しています。
 人口は189人で、10年前に比べ34人減となっています。60歳以上の高齢者世帯も15世帯にのぼり、約3割を占めています。一方、小学生においても現在7人で、10年前に比べ6人少なくなっており、少子高齢化が進行しています。
 本区には、弥生中期から鎌倉期の加茂古墳が多数存在し、宮川地区内でも最も早く開かれた集落であります。 そうしたことで、集落内に歴史的な文化財や天然記念物が数多く残されています。国指定の文化財が1件、県指定が2件、市指定が6件、合わせて9件の指定文化財を持ち、市内でも有数の文化財の宝庫となっています。
 

大戸区

 大戸区は、宮川の入り口に位置する戸数22戸のこじんまりとした小さな集落です。
 大戸区には弥和(みわ)神社という社の無い神社があり、地元では「さいの神」と呼んでいます。 かつては、「さいの神」の祭日に、丈夫でない子を社前に捨てて大戸の人に拾ってもらうと健康に育つといういわれから、しばしば仮の捨て子も行われていたようです。捨て子はどこの者でも良いのですが、拾うのは大戸の人でないと効力がないと信じられていました。

新保区

 新保区は、宮川地区の中心部より東部に位置し、人口約150名、戸数39戸、総水田面積45haの農村集落です。平成9年からの土地改良再整備に合わせて新保北川砂防(貯水)ダムが完成、また永年の悲願でありました新保南川・北川両河川の一体化整備と新保幹線道路改修の完成により集落の景観が一変しました。
 古くは、区の東部に鎮座する大幡彦姫神社の社名からも新保村の旧称は大幡村(伴信友「神社私考」)であると考証されています。
 集落の北西谷間に所在する青雲山竜泉寺は霞美ヶ城(新保山城)城主、武田信高の創建(天文10年)です。
 五穀豊穣の信仰は、現在も「戸祝い」や「子供神輿」など伝統行事の中に受け継がれています。

竹長区

竹長区は宮川地区のほぼ中央に位置し、宮川小学校、宮川保育園があります。
明治28年から昭和11年までの約40年間宮川村役場があり、明治から昭和初期にかけて宮川の中心地として位置づけされてきました。
氏神は日枝神社をお祭りし、集落センターには薬師如来が安置されています。
また雨乞いで有名な「明神池」には「蛇木」が沈んでいます。
 世帯数19戸人口75人と宮川地区では最も小さい区ですが、水稲生産組合や活性化委員会を中心に米や大豆の共同生産を行い、区内の融和と活性化に取り組んでいます。

大谷区

 大谷区は、宮川地区の最北端にあたり、戸数25軒の集落です。
 大谷区は、北川の支流である野木川の源流となっており、昔からこの水で栽培した大谷の米はおいしいと評判です。
 また、大谷区は、さらに小沢寺,中大谷,矢袋に分かれています。  
 小沢寺には、不動の滝があり、この滝は小浜市の「人の駅」にもなっています。
 中大谷には、貴船神社があり、この神社は京都の貴船神社を元宮としています。
 矢袋には、源 頼朝の石碑があります。昔話で「ぬえ」という化け物を頼朝が退治した時に使用した矢の材料として矢袋の竹を使用したことから、「矢袋」という地名がついたという言い伝えがあります。

本保区

 本保区は宮川地区の北西に位置し、杉や檜などの常緑樹が多い山が背後にそびえ、そのふもとに集落が点在し、その前面に整備された広々とした美しい水田があります。
 人口は約170人、戸数は45戸で、6つの班(町)割りです。区には上下(かみしも)それぞれに、神社、観音堂があります。
 宮川地区内でも特に積雪が多いことから、生活基盤の確保のために、7m幅の道路拡張工事を早くから進めました。そして、数年前には区の中央にある良継寺の改築に取り組むなど、当区のまとまりは格別のものがあります。